シシドのヒトリゴト

きょうも指先に心をこめて

中学生相手になら、理不尽な暴力をふるってもいいのか

書くのにちょっと勇気がいるのですが、「自分に嘘をつかない」ということで書いてみたいと思います。

私が通っていたのは、ごく普通の、田舎の公立中学校でした。そこで過ごした3年間は、私の人生の中でも暗黒の3年間です。学校全体に閉塞感と無力感が満ちていて、いじめや暴力がたびたび起こりました。窓ガラスは割られ、校門は壊されました。女子の中には、援助交際をしている子、望まない妊娠をしてしまった子もいたそうです。

私が傷ついたのは、同じ生徒同士の関係のなかではなく、教師との関係のなかででした。

私はどちらかというと地味な生徒で、勉強もまじめにやっていました。当たり前ですが、特定の誰かをいじめたり傷つけたりすることも、しませんでした。
それなのに、教師にいきなり後ろから髪を引っ張られたり、カビくさい倉庫に呼び出されドアに鍵をかけられたり、授業中にひとりで朝礼台に正座させられ、クラスメイトが帰ったころに頭を殴られたりしました。
理由は、肩に髪がつきそうなのにゴムでしばっていなかったとか、受け答えの口調が気に入らないとか、そういうささいなことでした。

教師という立場を利用して、特定の生徒に対して理不尽な暴力を振るうのは、イジメとどこが変わらないのでしょうか。

私は、「早く高校に行って、大学受験してこの町を脱出する」ということをモチベーションに、ひたすら勉強しました。わけのわからない権力をつかう教師も、乱暴なクラスメイトも、どんよりした空気が漂う学校も、なにもかもみんな大嫌いでした。

不登校になりたかったけれど、家に居場所もありません。38度の熱が出ても、「義務教育なんだから休むな」と登校させる親が、不登校など認めてくれるはずがないのです。自由を手にするには、両親が納得する大学を受験して、一人暮らしをするしかありませんでした。だから私は毎日毎日、卒業までの日数を数えて暮らしました。

私があの中学に通ってよかったことがあるとすれば、それ以降どんな嫌な目に合っても、「少なくとも中学時代よりはマシだ」と感じられるようになったことです。
それ以外のことは、特にありません。

この文章を読んでくださった方の中には、「シシドは30近いのに、まだ中学生時代のことをひきずっていて恥ずかしくないのか」と思う方もいらっしゃるかもしれません。私自身もそう思います。恥ずかしいのに、中学時代に感じたあの息苦しさを、いまだに忘れられません。中学時代のことを思い出すだけで、嫌な味のする虫を食べてしまったみたいな気持ちになってしまうのです。

この感情にどう折り合いをつけたらいいのか。

長い時間がたった今でも、私にはよく分からないのです。