シシドのヒトリゴト

きょうも指先に心をこめて

「親になる資格」ってなんだろう

いきなり難しいテーマだけど、今日は「親になる資格」について考えてみようと思います。

 

ニュースで報じられる、児童虐待の事件。コメンテーターがこういうのを聞いたことはないでしょうか。「親になる資格がない人が、親になってしまった」と。でも今現在、自動車運転免許みたいに、親になるために必要な実際の「資格」っていうのは存在しない。子供を望む人は、そのために学校に通ったり、適性検査を受けたりすることなく、子供を産むことができる。

 

私は自動車の免許をとりたてなのだけれど、運転はすごく苦手。だから、取得までかなり苦労した。そうでなくても、30万円近い学費を払って、数か月学校に通って学科と実技を学び、視力や運動能力や、なにかの依存症がないか調べられて、泊りがけで遠い試験場にいって、試験に合格してはじめてもらえるのが、運転免許だ。その間、車の運転は危険な行為で、もし事故を起こしたら、関わった人の人生をめちゃくちゃにしてしまうと何度も何度も教わった。

 

でも、車の運転よりも、親になることのほうがずっと難しくて、子供や周りの人の人生をめちゃくちゃにしかねない危険性をもっていると思う。親になるのも免許制にするべきだ、とまでは言わないけど、「親になるのはどういうことか」っていうのを心に刻みつけてから親になった方がいい。自分が産んだ子供でも、養子を迎えるのでもいいけど、親になることで失うものもある。お金はたくさんかかるし、子供の世話のために、自分の時間がもてないことも覚悟しなくちゃいけない。仕事にも、今までみたいにリソースを割けなくなる。苦労して育てたんだから、「こういう子に育ってほしい」という期待をどんなにかけたって、その通りにはならないことの方が多いし、期待を過剰にかけるのがそもそも良くない。かといって「あんたには何も期待していないから勝手にしなさい」というのも乱暴すぎる。

 

これを書いている私には、今現在、子供はいない。だから、「本当に子供をもつとどうなるのか」っていうのは、体感としてはわからない。でも、親になる前の今だからこそ考えておくべきだと思った。今の私が考えた最低限の「親になる資格」は以下の通りです。

 

・子供をひとりの人間として扱い、子供が健やかに育てる環境を確保できること。状況が変わっても、その状況下で最大限、子供のために配慮する姿勢をもつこと。

・親自身が自分の人生を楽しんでいること。アルコールや麻薬や買い物やギャンブル等に依存していないこと。

・子供のために失うものがあっても、それを子供のせいにしないで、自分の責任で引き受けられる大人であること。

・子供を育てるのが苦しいときは、周りに援助を求められるようにしておくこと。子供を育てるのは大事業だから、ひとりで抱え込まずみんなで育てればよいと思えること。

 

親になってから上の文章をみたら「現実はそんな風にいかないよ!」ってなるのかもしれないけど。ひとまずこれが今の私が考えた結果です。この中の要素ももっと細分化できると思うから、引きつづき考えていきたい。例えば「子供が健やかに育てる環境とは、どんな環境か」とか。わたしは、自分の子供にかぎらず、周りの子供も、私が会うことのない子供もみんな幸せになってほしい。「生まれてこなければよかった」じゃなくて「生まれてきてよかった」って思ってほしい。そんなところで今回は終わりです。